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最初の2年半のこと

今日はすこし違う話で。
グリーンカードのことです。

それぞれのヒトで状況も違うし
どの程度苦労するかも、どの位時間がかかるかも個人差が大きいし
何より911以降ここ数年、かなり頻回に細かいことが変わっていると言うことで
 
今も書いて良いのかどうか、分からないんですけれど
(ちゃんと取れるまで書く気もしていなかったし)


このままでは忘れそうなので メモφ(・ω・ )しておこうと思います。
公開してもいいのかどうか、まだ迷ってます。いつか、突然消えたらゴメンナサイね。

繰り返しますが、個人個人で全く経過も手順も違うみたいですから
あくまで参考程度に。

さて、我が家のグリーンカードは ダンナが特殊技能保持者ということで下りる予定です。
有る意味 研究職に就いてる方もそういう感じなのでしょうかね。(でも今まで論文数でカードを取得された方たちとはやっぱり経過が違うので・・・念のため。)

ダンナがこちらに戻る際、雇用側がグリーンカード取得までをサポートする、という雇用条件が入っていました。
雇用契約が結ばれた約2年半前からビザを専門とするattoney(弁護士)がついています。H1Bを取るときから同時にグリーンカードの方も動き始めたと聞いています。
ということで、本当に大事だったのであろう最初の手続きや書類は全く知りません。(ダンナは送られてきた書類にサインして送り返したのでしょうけどね)

全ての申請書類が揃って、移民局に申請が送られた、と聞いたのはダンナが働き出して1ヵ月ほどの時だったでしょうか。ここはうろ覚えです。

そこから2年半。音沙汰、皆無でした。
途中で確認を弁護士さんが入れてくれて、fileされている(あちらの手許には行っている)ことは確認されていましたが。

2010年に入り、1月25日の日付で弁護士さんから分厚い書類が届きました。
Apprication for Permanent Employment Certification (PERM、永久雇用証書?の申請)が「受理」された、というお手紙。
つまり、ここからグリーンカード取得の「請願」が始まると・・・・ひょぇぇぇぇぇsweat01

この2年半は、ただただ、本当に「アメリカにとって有益で有用な」特殊技能なのか、の
審査まち
だったわけです!


・・・・でも、とりあえずその難関は突破したらしい。
ダンナ、よくやった。(←ひとごと)


で、とにかく、出来るだけ早く請願のために必要な書類を揃えて送りたいので
以下のものを揃えるように・・・と言われたもの、全8種類。

これは次の記事で細かく書きますか・・・


ちなみに 我が家と比較的似た状況のご夫婦(やってる仕事は一緒)は
ちょっと申請経過が違っていて
最初から 家族の証明だとか 健康診断書とかを提出したのだそう。
多分 許可をもらう理由が違うのでしょうね。

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グリーンカード手続きその他」カテゴリの記事

コメント

moiさんの公表しにくいお気持ちすごく分かります・・・。
グリーンカードはホント人によって違いますよね。
ある友達は国際結婚での申請だったのですが、何年もおりずエグエグないて駐車場のおじさんに慰められたとか(本人談)
結局ありがち~な移民局の誰かの机の間違った引き出しに入りっぱなしだったとか・・・
あとご夫婦でこられてもう10年近くたっているのに、今だ取れないとか、かといって違う方は数年で取れたとか。

グリーンカードもそうですが、私のブログのコンセプトから言ったら一番学校関係の手続きの事を書きたいのですが
これも人によって違ったり
この間のESLの話もそうですが、教育委員会に聞いても人によって言う事が違ったり
Dualに途中入学するための英語力も、そのボーダーラインすら校長すら知らされてない状況・・・。
それも一人の教育委員会の先生が決めているから、その人にしかわからないそうです。
(校長が怒ってました)

アメリカ側の言い分も分かるのだけど、
「・・・」な部分はありますよね。
一昨年くらいからHビザも殆ど取れなくなってきている状況ですから
これからどうなるのか?と思うとmoiさんもご心配でしょうが
良い結果になる事を祈っています。

わたしも、グリーンカードとるつもりだったんですよ。私の場合は、H1Bをとって3年してからやりだしたので、残り3年で時間が足りなくなりました。Labour Certificateをとるまでに3年かかって、時間がなくなってしまったの。私の場合は、公認会計士だったけど、特殊技能ではなくて、一般扱いだったのよ。

ほんとに、アメリカではビザで苦労した重いがあって。カナダのほうは、会社がスポンサーしてくれなくても、自分でも取れるのよ。それでも、カナダの永住権を取るのに、2年半かかった私です。

こういうビザ問題は、ストレスが溜まりやすいことなので。私の場合は、アメリカが駄目でも、カナダでOKでした。ほんと、これって運命なので、今ではカナダに住めてよかったと思っているの。

アメリカの次には、カナダが待っているわよ、カナダはプランBということで。(カナダにいらっしゃる気はありません?笑)
はやくグリーンカード取れることをお祈りしていますね。

<おね太郎さん>
そうなんですよね。違いすぎるから書くのも載せるのもまだ躊躇してます。でも自分がJ2だったとき 労働許可証をとりSSN(テンポラリーでしたが)を取り 働き始めてからJ1にステータスチェンジして、という経過を辿りながら その方法や苦労した点をすっかり忘れて友人に教えてあげられなかったことがあったので。。。それって、経験を他人のために活かせてませんよね。もちろん状況も法も変わるのだけど。
という反省から。。。。

そうなんですよね、ますますビザが取りにくくなってる。次のHビザ更新はとりあえず不要になったので、少しは気楽にはなりました。どうもありがとう。

<モナちゃん>
そうですよね、モナちゃんがカナダに行く経過、読みました(かっこいい元彼の話も♪)。移民の国といえど、簡単ではないですよね。

カナダ、考えたこともあるんです。でもなにせ、日本以上に働かないと収入が・・・ということで、自然と話題に上らなくなりました(それにダンナも私も試験をうけるのは最低限にしたい人間なので)。
子供が自立したら 個人的には住んでみたい土地なんですけどね・・・・プランBというより、A-以上?はははは。(その前に受け入れて貰えなかったりして)

なんか長期間にわたる待機状態ってフラストレーション溜まりますよね。そう考えると、アメリカ市民と結婚とはいえ、私の場合、ハワイからコロラド、そしてユタと3州を移動し、移民局への登録住所をころころ変えまくったにも関わらず1年弱でグリーンカードが取得できた自分がラッキーなような気がしてきた…。
でも旦那さんかっこいいですね、特殊技能があるって。

<locoさん>
そうですね、時々「あれ、まだ返事来ないの?」と思い出すとムカつくので忘れるよう努力してました。いざとなったら帰国だ〜くらいの気持ちだったのでまだ良かったのかも。でもよく考えると長いですよね・・・ 本文の最後に書いてた友人、「申請中」(つまり今の私達の状態」になって2年近いです。何が起きてるのか全く分かりません。大変なのは「出国する度に申請中だということを証明する手紙を手に入れ(これがまた、高い)、必ずイミグレで別室に連れて行かれ、1時間以上かけて審査される」という話。うーん、はやく面接、呼ばれないかなぁって思います。

ダンナはたまたまラッキーだったんです。まだあまり知られてない技術なので、3年近くたった今もアメリカではまだまだ、特殊技能です。。。。じゃなかったら、追加で今更特殊じゃないよーくらい言われそうなので恐ろしいです。

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